Yoshikazu Ebisu
もちろん、ピチカートは大好き。
東京に出てきたのと、ピチカート・ファイヴが「渋谷系」としてシーンを牽引し始めた時期がほぼ被るので、東京での生活は、ある意味ピチカート・ファイブと共にあるようなものだった。
90年代の初め、念願の東京での一人暮らしが始まり、しょっちゅう渋谷のCDショップに行っては、いろんなアルバムを見てまわった。ちょうどHMVやクワトロWAVEが出来て、まさに「渋谷系」が世に出て行く時だった。
それまでほとんど洋楽しか聴かなかった自分が、ショップのセレクトに惹かれて、邦楽も多く聴き始めるきっかけになった。当時の渋谷のCDショップには、これから何か新しいことが始まるような、その瞬間に居合わせられるような、熱気のようなものがあった。
HMVはその頃マルハンタワーの中にあって、1Fに注目の邦楽アーティストを集めたコーナーがあった。後にそれらのアーティストたちがJ-Popと呼ばれるようになった。クワトロWAVEはまた、後のスウェディッシュ・ポップ・ブームのきっかけを作った。
『東京は夜の七時』というのは、とても良く当時を表したフレーズだと思う。
東京で、まだこれから夜が始まる、午後7時。
ポップで明るい曲調も良かった。
まだ学生だった自分は、なんとなくそのフレーズの持つキャッチーな響きに、浮かれていたのだ、きっと。
ピチカート・ファイヴは2001年に解散してしまった。
渋谷系という名称は、今や誰も使っていない。自分はちょっとくたびれた社会人になって、通勤電車で渋谷を通り過ぎていく。
ほんの時々、あの時の感触が蘇る。これから何か始まるような、新しい場所で違う自分になれるような、そんな感触。
東京の街に、夜の7時に立ちながら、そっと顔を上げる。
"— さいきちep



